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熊本地方裁判所玉名支部 昭和47年(わ)45号 決定 1974年2月18日

主文

第三回公判期日における検察官請求証拠目録請求番号四一の短刀一振についての検察官の取調請求を却下する。

理由

主文掲記の短刀は、以下に述べる理由により、憲法三五条に違反する違法な捜索差押によって収集された証拠であるから、有罪認定の資料たる証拠としての許容性を有しない。すなわち

≪証拠省略≫によれば、右短刀が差押えられるに至った経緯はつぎのとおりであることが認められる。

大阪府浪速警察署勤務の司法巡査宮本明雄、同籠谷利元ら警察官五名は、昭和四七年一月三一日午前三時四〇分頃、パトカーに乗車して同警察署管内を警ら中、本部から大阪府浪速区敷津町三丁目一六番地先交差点において発生した交通事故現場へ急行せよとの指命を受け、直ちに同現場に赴いた。右交差点における事故は普通貨物自動車と普通乗用自動車との出合頭の衝突事故で、右宮本巡査らが現場に到着した際には、右貨物車の運転者らは現場にいたが、他方の乗用車の運転者らは現場から逃走していなかった。そこで、同巡査らは、貨物車の運転者らから事情聴取をしたところ、逃走した相手方車の運転者らは一見してやくざ風の者であり、逃走する際右乗用車の後部トランクからカバンを取り出して逃走した旨の情報をえたので、逃走した運転者らは単に右交通事故の容疑者であるだけでなく、当時同地域において発生している覚せい剤取締法違反の容疑もあるのではないかとの疑いを抱き、直ちに手分けして逃走した者の探索にあたったが、発見するに至らなかったので、再び事故現場に戻って事故の発生状況等について貨物車の運転者らから事情聴取を始めた。ところが、その際、同現場に、先に逃走した者の風態、服装と酷似した被告人が普通乗用自動車を運転して現われ、同交差点内に停車して同巡査らの取調べ状況等を窺っているのが認められ、貨物車の運転者らも被告人を指して逃走した犯人らしい旨告げたので、宮本巡査は職務質問のため被告人のところに赴き、運転席にいた被告人に対し、いきなり自動車運転免許証の呈示を求めた。これは、被告人の氏名、年令、住所等を知るためにとられた措置であったが、同巡査の免許証の呈示に対して被告人は、当初から反抗的態度を示し、同巡査の質問に対して「免許証はいま持ってない。」「無免許とは違う。」「免許証は家にある。」などとつっかかる調子で応酬し、いちいちくってかかった。同巡査は被告人が免許証を所持せずに自動車を運転したことを自認したことから、被告人を免許証不携帯ないしは無免許運転の容疑者として一応降車を命じたところ、被告人もこれに応じて降車し、同巡査の質問に応じて自己の氏名、年令、職業、住所等を答えたが、免許証が車内にあるかどうか確認するようにとの同巡査の指示には従わず、再三にわたる指示に対しても「探す必要はない。」「今は持っていない。」などと言ってこれを拒否し続けた。そこで、同巡査は自ら車内検査をすべく、被告人に対し「探すぞ。」と言ったところ、同巡査の執拗な追及にふてくされた被告人は「探すなら勝手に探せ。」と自棄的に答えた。にもかかわらず、同巡査は被告人の右言を車内検査に同意があったものと解して車内検査を開始し、同車内ダッシュボードから真新しい果物ナイフを発見するや、その点について被告人と二、三言葉を交わしただけで、被告人を鋭砲刀剣類所持等取締法二二条違反被疑者としてその場で逮捕し、直ちに同巡査らが乗車して来たパトカーに被告人を連行した。これを見ていた籠谷巡査は、被告人が連行されたのちも宮本巡査の車内検査に引き続いて車内検査をし、その際、車内運転席の横のドアポット内に隠されていた本件短刀を発見したので、同巡査はこれを銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑の物件としてその場で差押えた。

以上の事実が認められ、なお右宮本巡査は、その証人尋問において、同巡査が自身車内検査に及んだのは、被告人が免許証不携帯を自認していても、後日車内にあった旨弁解される虞れもあり、また、被告人が述べた氏名、年令、住所等を確認する必要があったことによるものである旨述べている。

右認定の事実関係よりすれば、被告人が宮本巡査に対し「探すなら勝手に探せ。」と言ったことをもって、被告人が本件車内検査について真摯な意思に基づいて任意の承諾を与えたものと認めることは困難であるから、たとえ宮本巡査において被告人の承諾があったものと認めたとしても、本件車内検査を任意捜査と認めることはできず、また、本件車内検査および被告人の逮捕が前示認定のような経緯によるものである以上、本件車内検査および本件短刀の差押を逮捕に伴ってなされた捜索差押ということもできないことは明らかである。

問題は、検察官主張のように、本件車内検査が職務質問の際の附随行為として許容されるものかどうかである。

警職法二条一項に規定する職務質問を実効あらしめるために、その性質に反しない限度において所持品検査をすることも、職務質問の附随行為として許されることは疑いないが、本件の場合、前示認定のように、交通事故等の容疑事実について実質的な職務質問に入る前提として、被告人の氏名、年令、住所等を知る手段としてなされた免許証の呈示要求に端を発し、被告人がその段階で免許証不携帯の事実を自供したことから、その裏付と被告人が述べた氏名、年令、住所等の確認のために本件車内検査に及んだものというのであるから、被告人の任意の承諾がある場合は格別本件のようにこれも認められない状況のもとにおいて車内検査に及ぶことは、事柄の性質上、元来強制力をもたない職務質問とはおよそかけ離れたものというべく、その附随行為として許容される限度を超えているといわざるをえない(もっとも、免許証不携帯の裏付のために殊更車内検査にまで及ぶことは異例の措置とも思われるし、また、職務質問ないしは免許証不携帯容疑――この場合は特に不自然、不合理であるが――の相手方が述べた氏名、年令、住所等を確認するためとしても、それらの確認の方法は他にもあることであり、敢えて車内検査に及ぶまでもないことであること等を合わせ考えると、宮本巡査らのした本件車内検査は、他に覚せい剤取締法違反の捜査目的等もあったのではないかとの疑いがないではない。しかし、かりにそうであるとすれば、本件車内検査は一層違法性を帯びるものといわなければならない。)。したがって、この点に関する検察官の主張するところには左袒し難く、本件車内検査を職務質問に際して許される附随行為と認めることはできない。

してみると、本件車内検査はなんら法的根拠なしになされたものであり、したがってまた、その過程で発見され差押られた本件短刀は、憲法三五条の規定に違反する手続によって収集された証拠物であるといわざるをえない。

もっとも、証拠物は、その押収手続に違法があっても、物それ自体の性質、形状に変異を来たすものではないから、その証拠能力まで否定されるいわれはないとの見解もあるが、その瑕疵が単なる形式的なもので、かつ、極めて軽微なものにすぎない場合は格別、本件のように、憲法三五条違反という重大な違法が存する場合には、その手続によってえられた証拠を刑事裁判において有罪認定の証拠として用いることを認めることは、憲法三一条の定める適正手続の保障に違反することとなるから許されないものというべきである。したがって、本件短刀は証拠としての許容性を有しないものといわなければならない。

よって、本件短刀についての検察官の取調請求はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 海保寛)

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